東京地方裁判所 平成4年(ワ)14896号 判決 1993年10月28日
原告
三田文子
ほか二名
被告
山本耕治
主文
一 被告は、原告三田文子に対し五二〇一万一〇七八円、原告三田晴教、同三田晃靖に対し各二三一四万五五三九円及び右各金員に対する平成三年七月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告三田文子に対し一億三六七一万二九三六円、原告三田晴教及び同三田晃靖に対しそれぞれ六九〇一万六〇二四円及び右各金員に対する平成三年七月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告がその運転する普通乗用自動車を原告らの被相続人三田信也(以下「信也」という。)に衝突させて同人を死亡させた事故に関し、原告らが、被告に対し自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
被告は、平成三年七月二五日午後一〇時四八分ころ、普通乗用自動車(なにわ五六ゆ九五、日産ブルーバード、以下「加害車」という。)を運転して高速自動車国道東北縦貫自動車道(以下「東北自動車道」という。)上り本線車道を進行していた際、埼玉県加須市大字南大桑六四二番地一先の右本線追越車道上において、信也がその運転をしていた普通乗用自動車(足立三三ち八三一九、トヨタクラウン、以下「被害車」という。)を自損事故のために同車線上に停止させていたところ、同車両の付近に佇立していた同人に加害車を衝突させ、同人を死亡させた(以下「本件事故」という)。
2 被告の責任原因
被告は、加害車の保有者であり、自賠法三条に基づいて信也及び原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。
3 相続等
原告三田文子(以下「原告文子」という。)は信也(昭和一四年一月二一日生)の妻であり、原告三田晴教(以下「原告晴教」という。)及び同三田晃靖(以下「原告晃靖」という。)は信也と原告文子の子であり、原告らは法定相続分に従い、原告文子が二分の一、原告晴教及び同晃靖が各四分の一の割合で信也が本件事故により被つた損害を相続した。(甲3)
二 争点
信也及び原告らの損害額(原告らの本訴請求は内金請求である。)並びに過失相殺
1 損害額
(一) 原告ら
(1) 信也の損害
<1> 逸失利益 一億七四三七万七二八〇円
信也は、本件事故当時、五二歳であり、三田化工株式会社(以下「三田化工」という。)の代表者として年収二四〇〇万円の役員報酬を得ており、原告晴教及び同晃靖を扶養していた。信也の逸失利益は、ホフマン式で計算すると、前記の金額となる。
二四〇〇万円×(一-〇・三)×一〇・三七九六=一億七四三七万七二八〇円
<2> 慰謝料 六〇〇〇万円
(2) 原告文子の損害
<1> 葬儀費用 六一一万五五五五円
<2> 慰謝料 六〇〇〇万円
<3> 弁護士費用 一二〇〇万円
(3) 原告晴教及び同晃靖の損害
慰謝料 各四〇〇〇万円
(二) 被告(逸失利益の主張に対し)
逸失利益算定の基礎となるべき収入は稼働能力と対価関係にある所得に限定されるし、信也の役員報酬は、昭和六三年度分が一二八〇万円、平成元年度分が一七〇〇万円、平成二年度分が二四〇〇万円と大きく変動しており、景気の変動により、報酬が低下することが予測され、二四〇〇万円が相当な金額とは認められない。そのうえ、信也の収入の大部分は原告らによつて承継されることになるから、信也の逸失利益は昭和六三年度分の役員報酬一二八〇万円を基礎として算定すべきである。
2 過失相殺
(一) 被告
信也は、居眠り等により被害車を中央分離帯に衝突させ、被害車は東北自動車道追越車道上に横向きに停止したが、いつたんは手に白い物を持つて後続車に対し合図をしていたものの法定の夜間用停止表示機材を設置せず、右合図を止めてからも右車両の運転席側に移動して車道上に佇立するなど自らを極めて危険な状態に置いていた。
これに対し、被告は、追越車線を時速約一二〇キロメートルで走行しており、制限速度(時速一〇〇キロメートル)を超過していたが、夜間閑散とした状況であつたことも考慮されるべきである。また、被告は、カセツトが落ちた音に気を取られ、一瞬脇見をしたものの、一般道路、高速道路を問わず、前照灯を下向きにして走行するのが一般であるから、仮に脇見をしていなくとも衝突地点の五〇メートル程度手前まで接近しなければ、信也を発見できなかつたものであり、信也、被告の事情を比較するなら、被告の過失割合よりも信也の過失割合の方が大きいというべきである。
(二) 原告ら
(1) 信也が被害車を中央分離帯に衝突させた事故原因は、後続車が嫌がらせ的に幅寄せや追い抜きをかけたため、同人がハンドルを右に切り過ぎたことである可能性がある。
(2) 被告は、前照灯が下向きのため十分前方の安全を確認できないにもかかわらず、時速一四〇キロメートル以上の高速度で進行したうえ、助手席付近に落ちたカセツトテープの所在を捜し回り、著しく前方の注意を怠つたものであり、過失割合は、信也が二五、被告が七五である。
第三争点に対する判断
一 損害額
1 信也の逸失利益 一億三〇三〇万三五九七円
(一) 証拠(甲2、3、4の1、2、23の10・11、24、25、乙1ないし5、7の1、原告文子本人)によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
信也は、昭和三六年四月からプラスチツク加工の仕事をしていたが、昭和四五年一一月法人化して三田化工を設立し、その代表取締役となつた。三田化工は、資本金三〇〇万円、従業員約三〇名のプラスチツク射出成型加工等を目的とする株式会社であるが、信也は、本件事故当時五二歳の健康な男子であつて、三田化工の代表取締役の地位にあり、原告晴教及び同晃靖を扶養していた。同人の役員報酬額は、昭和六三年度が一二八〇万円、平成元年度が一七〇〇万円、平成二年度が二四〇〇万円であつた。
三田化工の売上高は、昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの第一九期が六億五一四五万七〇九〇円、同年八月一日から平成二年七月三一日までの第二〇期が六億二七二一万三八八一円、同年八月一日から平成三年七月三一日までの第二一期が六億八〇六九万八一七八円、同三年八月一日から平成四年七月三一日までの第二二期が七億六三〇四万七九二九円であり、その経常利益は、昭和六三年八月一日から平成元年七月三一日までの第一九期が六〇七六万一九四八円、同年八月一日から平成二年七月三一日までの第二〇期が一四五二万五五三六円、同年八月一日から平成三年七月三一日までの第二一期が八三九万一五三二円である。なお、同三年八月一日から平成四年七月三一日までの第二二期では、信也の死亡退職金一億五〇〇〇万円を計上したため、経常損失五七四九万八九一九円が計上されていたが、信也の生命保険金四億三五七八万六一八〇円の特別利益があつたため、税引前当期利益を計上することができた。
(二) 右事実によれば、信也は、本件事故に遇わなければ、その後一五年間にわたり稼働が可能であり、その稼働期間中、三田化工が同人の死亡前後を通じて売上高を伸ばしほぼ安定した経常利益を上げていることからして、昭和六三年度から平成二年度までの各役員報酬の平均である一七九三万三三三三円を下らない年収を得ることができる。そうすると、右全期間について生活費として収入の三割を必要とし、年五分の割合による中間利息の控除は、ライプニツツ方式によるのが相当であるから、以上を基礎とし、本件事故当時の現価を算定すると、次の算定式のとおり、その額は一億三〇三〇万三五九七円(円未満切捨。以下同じ。)となる。
一七九三万三三三三円×(一-〇・三)×一〇・三八=一億三〇三〇万三五九七円
被告は、逸失利益の算定の基礎となるべき収入は、労働の対価部分に限られるし、信也の役員報酬額が昭和六三年度分一二八〇万円、平成元年度分一七〇〇万円、平成二年度分二四〇〇万円と大きく変動していること、信也の収入の大部分が原告らに承継されることになるので、一二八〇万円を基礎として算定すべきである旨主張するが、被告提出にかかる役員報酬額に関する調査報告書(乙7の1)によつても、プラスチツク製品製造業の黒字企業における月額の高い上位一〇社一〇人の社長の報酬の平均年額は二二二九・六万円であるとされており、前認定の三田化工の業績に照らしても、右二四〇〇万円という金額が三田化工の役員報酬として不相当であるとはいえないし、業績の変動による役員報酬の増減の可能性については、信也が死亡する直前の三年間における役員報酬の平均額を逸失利益の算定の基礎収入とすることによつて考慮済みであること、甲四号証の一、原告文子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告文子は、三田化工の経理を担当し、信也が死亡するまでは給料として、昭和六三年度に四〇四万円、平成元年度に六三〇万円、平成二年度に一二〇〇万円、その後月額一二〇万円の支給を受けるに至つていたこと、同人が死亡した後の平成三年九月二八日、取締役に就任し、役員報酬の支給を受けることとなり、その額は、当初は従前と同額の一二〇万円であつたが、その後は一〇〇万円に減額されたこと、原告晴教も、平成三年九月二八日取締役に就任し、平成五年三月、東京都台東区上野所在の東京科学技術電子工業専門学校の機械工学科を卒業し、同年四月三田化工に入社したが、現段階においては、将来会社を継ぐことになるかどうかは確定していないことが認められ、被告の主張は理由がない。
2 信也の慰謝料 二〇〇〇万円
信也は本件事故によつて死亡したことにより精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により信也が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
3 葬儀費用 一二〇万円
証拠(甲5、6、7の1、2、8、9の1、2、10の1、2、11の1、2、12ないし15、16の1、2、17、18、19の1、2、20の1、2、21の1、2、22の1、2、26の1、2)によれば、原告文子は、信也の葬儀を執り行い、一二〇万円を下らない費用を要したことが認められる。右事実及び本件に顕れた一切の事情によれば、本件事故と相当因果関係がある葬儀費用は一二〇万円をもつて相当と認める。
4 原告ら固有の慰謝料 原告文子二〇〇万円、原告晴教、同晃靖各一〇〇万円
原告らは、信也が本件事故によつて死亡したことにより精神的苦痛を被つたことが認められるところ、本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告文子が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、二〇〇万円、同晴教、同晃靖については、各一〇〇万円と認めるのが相当である。
二 過失相殺
1 証拠(甲23の1ないし9、12ないし18、乙6)によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件事故現場は、上下各三車線の東北自動車道上り線(川口起点)三一・二キロポスト先追越車線上である。本件事故現場付近の車道は、アスフアルト舗装の道路であり、直線で前方の見通しはよく、制限速度は時速一〇〇キロメートルに規制されている。本件事故現場には、高さ一・一メートルの中央分離帯がある。
本件事故当時、天候はくもりであり、車道の路面は乾燥しており、交通量は少なく、本件事故現場付近には照明がなく暗かつた。
(二) 信也は、被害車(トヨタクラウン白色)を運転して、本件事故現場付近の追越車線上を館林インターチエンジ方面から久喜インターチエンジ方面に向かい進行していたが、本件事故現場手前の中央分離帯へ向かつた後に被害車と加害車の衝突地点に向かう一条のスリツプ痕を残し、時速約七〇ないし八〇キロメートルの速度で被害車の右前部を右中央分離帯に衝突させ、更に追越車線上に被害車の前部を右中央分離帯方向に向けて被害車を横向きに停止させた。信也は、当初、被害車の停止地点から約一五ないし二〇メートル館林インターチエンジ方向へ進んだ追越車線上において、乳白色の容器が約二〇個入つた透明のビニール袋を手に持つて後続車に合図を送つていたが、三角板等の法定の停止表示器材を設置しなかつたし、発煙筒をたいたり、被害車の非常点滅灯もつけていなかつた。その後、信也は、右合図を止め、いつたん被害車の助手席側へまわつて右袋を助手席の床上に置き、再び被害車の運転席側に回り込んで運転席ドア前付近の追越車線上に佇立していたところ、加害車に衝突された。
なお、信也が追突されるまでの間、第二走行車線を走つていた大型トラツクが本件事故現場手前まで来たところで第一車線に進路変更して走り去つたり、他のトラツクがブレーキをかけて第二車線に止まりかけて走り去るなどしていた。
(三) 被告は、加害車を運転し、前照灯を下向きに照射し、東北自動車道を館林インターチエンジ方面から久喜インターチエンジ方面に向かい時速約一二〇キロメートルの速度で追越車線上を進行し、本件事故現場にさしかかつた際、被害車との衝突地点の約一四九・五メートル手前において運転席左側のシフトレバーの前にある小物入れに入れてあつたカセツトテープが助手席の方に落ちたと思い、その方向に目を向けて脇見をしながら進行したため被害車の発見が遅れ、右衝突地点の約四七・五メートル手前において被害車を前方に発見し、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切つたが間に合わず、右衝突地点手前から二条のスリツプ痕(左が約三二・九メートル)を残して、加害車を被害車の運転席ドア前付近の車道上に佇立していた信也に衝突させるとともに、加害車前部を被害車の右側面に衝突させた。また、加害車と同一車種の日産ブルーバードで同一形式のライトの照射距離を測定すると、下向きでの照射距離は三二・三メートルであり、上向きでの照射距離は約一六五・四メートルであるが、本件事故現場の衝突地点に被害車と同じくクラウン白色の車両を停止させた場合、右ライトを下向きにして、被告が衝突地点の約八七メートル手前の地点から前方に何か黒い物があるのが見え、約五七・八メートル手前の地点からは前方に車が停止しているのが分かり、右ライトを上向きにした場合は、衝突地点の約二四六・二メートル手前の地点から前方に物体があると認められる状態であつた。
なお、原告らは、空走距離についての計算等を根拠として、被害車は時速一四〇キロメートルのスピードであつたと主張するが、反応時間については個人差があつて、原告主張の〇・六秒が本件の場合に相当であるとの裏付けはなく、前記認定事実に照らし、採用できない。
2 右認定の事実によると、信也は被害車を夜間照明設備のない東北自動車道の追越車線上に横向きに停止させており、その原因は、特に他車の関与を窺わせる事実がない以上、信也の居眠りないし何らかの操作ミスであると認められる。また信也は、三角板等の法定の夜間停止表示器材を設置しなかつたし、発煙筒をたいたり、被害車の非常点滅灯もつけていなかつたうえ、いつたん白い容器の入つた透明の袋を持つて合図をしていたが、その後これを止め、被害車の助手席側へまわつて右袋を助手席の床上に置き、再び被害車の運転席側に回り込んで運転席ドア前付近の追越車線上に佇立するという極めて危険な行為を行つている。したがつて、信也には、重大な過失があるといわねばならない。
しかし、他方、被告は、前照灯を下向きにして走行していたが、その状態で、衝突地点の約八七メートル手前の地点から前方に何か黒い物があるのが見え、約五七・八メートル手前の地点からは前方に車両が停止しているのが分かる状況にあつたのであるから、衝突地点の手前において時速約一二〇キロメートルで走行していたとしても、衝突地点の約一〇二メートル手前において、助手席の方に目をやり、距離にして約五四・五メートルも進行する間脇見をしなければ、他に被害車を避けていつた車両があつたことからしても、進路を変更するなどして信也への衝突を避けることが十分に可能であつたといえ、被告が脇見をした過失は重大である。また、被告が、本件事故現場付近の車道が制限時速一〇〇キロメートルと規制されていたのに、被告が時速一二〇キロメートルと制限時速を二〇キロメートル超過して走行していたことも過失相殺において斟酌すべきである。
ただし、被告が前照灯を下向きにして走行していたことは、高速道路においても、対向車両の運転者を幻惑させるおそれがあるなどの事情から、ほとんどの車両が前照灯を下向きにしたまま走行しているのが現状であること(乙6)、被告が受けた業務上過失致死罪の罰金三〇万円の略式命令において、前照灯を下向きにしていたことが過失の内容として摘示されていないこと(甲23の17、18)などからして、これが被告の過失に該たると認めることはできない。
これらを総合考慮すると、信也と被告との過失割合は、前者が四割、後者が六割であると認めるのが相当である。
3 信也の損害合計は、一億五〇三〇万三五九七円となるところ、原告らは、これを原告文子二分の一、原告晴教、同晃靖各四分の一あて相続したので、原告文子の総損害額は、七八三五万一七九八円、原告晴教、同晃靖の損害額は各三八五七万五八九九円であるところ、四割の過失相殺を行うと、原告文子の損害合計額が四七〇一万一〇七八円、原告晴教及び同晃靖の損害額が各二三一四万五五三九円となる。
三 弁護士費用 五〇〇万円
原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起と追行を委任し、原告文子が着手金として二〇〇万円を支払い、更に費用及び報酬の支払いを約束したことが認められるところ(原告文子本人)、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過、その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある原告文子の弁護士費用相当の損害は、五〇〇万円と認めるのが相当である。
四 結論
そうすると、原告らの被告に対する本訴請求は、原告文子について五二一〇万一〇七八円、原告晴教及び同晃靖について各二三一四万五五三九円及び右各金員に対する本件事故の日である平成三年七月二五日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余は理由がないので失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅野正樹 大工強 湯川浩昭)